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看護というもの・・・

 私が看護師になりたての頃は、外科や泌尿器科の手術を受ける人や、ガンを手術したけれど色々な所に転移している人の看護をする病棟にいました。毎日、色々な手術をする人がいて手術前後の管理をしたり、ガンの転移があり調子を悪くした人の看護をしていました。
主な仕事が手術前後の管理だったので、ガンの転移がある人には手術以外の治療をする手伝いやガンがどんどんと色んな所に転移していく人には痛みがあれば1日に使える痛み止めの注射をしたり、ただ命を助ける事しかできませんでした。その頃の病院のほとんどがそんな事くらいしかできない状態でした。だから、ガンの転移で痛みを訴える人に1日に使える痛み止めを使っても痛みがよくならない人がいても仕方ないと思っていました。ガンの末期になっていく人は多く、1年で50人以上が亡くなりました。人が亡くなる事には慣れなかったし、慣れてはいけないと思っていましたが、亡くなる人がいても泣く事はできませんでした。生きている患者さん達も沢山いるからです。元気に笑って接しないといけなかったのです。
 ガンの末期で治療できず、痛みも取ってあげられなくて、家族にも医師からその事を伝えるだけで、家族のフォローもできませんでした。それで、痛みと家族や病院から見放されたと思い、自殺する人が1人いました。
それに、痛みが取れず、痛みの辛さから「殺してくれ!」と叫び、泣きながら暴れる人もいました。
ただ、延命するために1日に何度も色々な注射をし、ガンの痛みだけでも辛いのに、余計に辛い思いをしなくてはいけない人もいました。
でも、それしかできないのだと諦めていながらもその頃にようやくできたホスピスといい、ガン末期などの死を迎える人が痛みや苦痛をなくして楽になれる施設ができ、その本を読んだりするくらいでした。

 その後にいた職場でも同じようで、ただ身体のケアしかできないでいたし、それしかできないのだと思っていました。

 約12年前に私が精神病となり、仕事もできなくなってからは心は苦しみ続け、生きている事も辛かったです。
でも、ただ治療薬を処方されるだけでした。
カウンセリングも受ける事はできましたが、保険は使えないので、お金がなくなると、カウンセリングは受けられなくなりました。
治療薬だけでは、よくなる事はありませんでした。
 それに、精神病に対しての偏見もすごい事も知りました。
わけわからない人とか何をやるかわからない人と多くの人の思われました。
家族からの理解を得る事もできませんでした。
でも、現在の主治医になり、ただ薬の処方をするだけでなく、私の病気がよくなるようにとの支援者の人達のチームを作ってくれました。普段の主治医のできる事は5分くらいの診察と薬の処方だけですが、色々な人が他の援助をしてくれ、定期的に皆さんで集まり私の支援を今後どうしていくかを話してくれるようになり、私は変わっていきました。
どんどん、私の精神病はよくなっていき、生きる希望も持てるようになりました。
 そして、生きる上で自分で又いつか働きたいと思うようになり、作業所2か所に通い、就労する為の訓練施設にも通いました。
そうしていくうちに、人は誰でも同じなのに、偏見や差別があり、それで苦しむ事がある事や、ただ病気を治すだけでなく、心のケアは誰にでも必要だと考えるようになりました。
就労に向けての訓練施設に通所し出すと精神療法や心理学を色々と勉強し、より、そう思うようになりました。
そして、看護師に障害者枠なんてないので、他の仕事でもいいから人の心のケアか、せめて身近な人の理解者になりたいと思うようになりました。
 精神病は治ってはいませんが、主治医から看護師として少しづつ働いていっていいと許可が出、就職活動をし、たまたま現在就労している施設に就職する事ができました。
その施設はかなりの高齢者の方で、ほとんどの人が認知症を持っている方です。
認知症でも何もわからなくなっている人ばかりではないし、感情はちゃんとあります。
自分が何もわからなくなり、それがストレスになって苦しんでいる人もいます。
そんな施設だったら、心のケアをやっていけると思い、その施設に就職しました。

 就職し、働いて1か月以上経ちました。
まだ週に1日だけですが。
段々と思う事があります。
私達看護師も介護職の人も、きっとみんな、利用者さんの身体のケアだけでなく、心のケアもしたいと思っていると思います。
でも、介護職の方達は沢山の仕事があるにも関わらず人手不足です。
いつも、忙しくしています。
そして、まずは利用者さんが無事でいる事に徹しているようです。人がいないから、最低限のそれしかできないでいるのでしょう。
人出がなくても、給料が少なくても、この施設で働いているのですから、ただお金の為ではなく、利用者さんと接っする事が好きなんでしょうに。
私も時々、介護職の人に言われます。
「本人の希望ばかり聞いていたら、事故が起こる!」と。
そう、ご本人のやりたいようにしてあげ、ご本人のプライドを傷つける事なく、ケアする事が難しいのです。
ご家族と接するのも介護職の方達だけです。
なかなか、ご家族のケアもできないようです。
本当なら、私は自分がやりたい事、色んな人の身体だけでなく心のケアもなかなかできない事は辛いです。
介護職の方達も辛いでしょう。
そして、何よりも利用者さん達やご家族の方も、もっと辛いと思います。
でも、それをすべて克服する事はできないのです。
もしかしたら、お金がある人は有料老人ホームやホスピスなどに入り、自分や家族の方が満足できているのかもしれません。
でも、それはほんのひと握り。
精神病だって、カウンセリングを受けるにはお金がないとできません。
そうしたら、私のように支援者の方達に恵まれる人は少ないでしょうから、ただ薬を飲んだり、入院しても薬を投与されたり、病院にいる人以外の人に迷惑をかけないようにしたり、環境を変える事くらいです。


 そう、まだ、どんな状態の人に対しての知識はほとんどないです。
そして、本当に必要なケア等はお金がないと受けられないのです。
今は高齢者社会になってきて、その為に認知症の方も増えています。
でも、ただそれは医療の進歩のためなどで。
医療の進歩と言ってもいい薬ができたりしていたり、新しい治療法ができただけ。
医療の中には心の治療やケアは入ってはいないのですかね?
それを置き去りにしたままで、ただ命だけを助けて、みんな、幸せなのでしょうかね?
ふと、考えてしまいます。

 そして、看護という言葉の意味を考えたりもするのです。
看護という字は看て護るという字です。
医師の手伝いという意味ではないのです。




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コメント

  • 2017/12/25 (Mon)
    20:48
    No title

    突然の訪問、失礼いたします。
    私はこちら⇒b--n.net
    でブログをやっているきみきといいます。
    色々なブログをみて勉強させていただいています。
    もしよろしかったら相互リンクをお願いできないでしょうか?
    「やってもいいよ」という方はコメントを返してくだされば、
    私もリンクさせていただきます。
    よろしくお願いします^^

    さくら #- | URL | 編集

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